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>ロマノフ朝成立後、隣接していたガザン・アストラハン・クリムの3ハン国は攻め滅ぼされていますから
>諸外国の対抗上国内を纏め上げるためにツァーリの称号を用いたものと思っておりました。
これと全く同じ経緯で選出されていたのが、共和制ローマの独裁官(ディクテーター)でした。
カルタゴ戦争で、ハンニバルの侵攻に対抗するために合議制ではどうにもならないと言う事で、戦術的なフリーハンドを与えるために独裁官が選出されたのです。
独裁官の制度は、元来からローマ帝国の危機の際に、軍や政治の指導者に戦術戦略のフリーハンドを与えないと危険な場合を見越して制定されていた制度の一つです。
ツァーリの場合は、ハンニバルよりも更に統一された意思で侵攻して来るモンゴリアンを迎え撃つ為に策定された制度だったのでしょう。
独裁官と違い、ツァーリは権威までも備えており、本格的な諸侯や王族を纏め上げる皇帝の要件を最初から備えています。
外的への恐怖に対する究極の措置であり、諸侯や王族の統一された意思で造りあげられたものでもありましたから、それが定着した後に20世紀まで継続したのでしょう。
そして、子孫(特にペテルスブルグを作ったあの人とか、20世紀まで生きていた海外留学先で凄まじい事件を起こしたあの人とか)を見る限り、ロマノフの家は体格、腕力、根性、精力などが人並みはずれた怪物の家だったと思えます。
露西亜人が「親方」と呼ぶのはそう言う人達なんでしょう。ピョートル大帝なんかは、まさに大工の親方が天職だったとも思えますが。